邂逅2
藤原夫妻は、初めて会った時から、それまで自分を引き取ってくれたどの親戚とも違った印象を受けた。
ニコニコと明るく、多弁で、夏目に優しい。
何よりも、夏目自身を疎んじていないことが会話の端々から感じられる。
もしかしたら今までのように、短期間で引っ越すこともないかもしれない。
長くこの夫妻と一緒に暮らせるかもしれない。
引越しばかりで落ち着かない生活に膿んでいた夏目は、夫妻の笑顔に希望が胸に芽生えるのを感じた。
あまり期待はしないでおこうと自分に言い聞かせながらも、夫妻の歓迎の言葉に嫌でも期待は高まった。
特に奥さんの塔子さんが家族を増えるのを喜んでくれて、
「高校生と一緒に暮らせるなんて嬉しいわ。家が賑やかになるわね」
と笑みを絶やさない。
これから生活を共にする人たちから、引きつっていない、無理やりでない笑みを向けられるのはいいものだ。
何となく悟りを開いたような心境になって藤原家に到着し、柄にもなくわくわくしながら入った家の中は、無人ではなかった。
少し年上だろうか、いかにも健康そうな青年がいきなり目の前に現れて戸惑い藤原夫妻に視線を向けると、ニコニコ笑う塔子さんと目が合った。
頼みのだんなさんは気がつくと近くにおらず、どうやらいつの間にか家の中へ入ってしまったようだ。
「え…っと、初めまして…。」
説明を求めるのを諦めて、無難に挨拶した夏目に、塔子さんが横から口を挟む。
「あら、初めてじゃないはずよ?」
「え?」
きょとんとする夏目にはかまわずに塔子さんか青年に楽しそうに話しかけている。
「久しぶり、藤原です。覚えてないよな、8年ぶりだし仕方ないけど」
戸惑っている夏目を見かねたのか、青年の方から人好きのする笑顔で話しかけてくれた。
その笑顔にほっとするが、続いた言葉に血の気が引いた。
「昔3ヶ月だけ一緒にくらしたんだよ。藤原って家に住んだことがあるだろう」
「そう、なんですか・・・」
曖昧に相槌を打ちながら、夏目は心ここにあらずだった。
8年前。
その頃、自分はまだ妖が見えることに疑問などもっていなかった。
妖と、人の区別もつかなかった。
だから恐ろしい姿の妖を見れば大人に助けを求めたし、不思議な格好の妖がいればあれは何かと大人にたずねた。
引き取られた先では、そのことで随分気味悪がられたのだ。
さんと塔子さんが何か話しているが、会話が耳からすり抜けていく。
ここで、以前住んでいたところから離れたここで、一からやり直せると思ったのに。
妖のことさえ隠し通せば、藤原夫妻とならうまくやっていけると思ったのに――。
「よろしくな?」
ぽんと肩に手を置かれて、その言葉が自分に向けられているのだということに気がついた。
藤原夫妻と同様にやさしげに微笑んでいるが何を考えているのかわからなかった。
もしかしたら夏目が妖が見えるといって気味悪がられていたのを忘れているかもしれない。
けれどももし、覚えていたら・・・。
「はい、こちらこそ」
なんとか口を開いて返事をしたけれど、うまく笑えたかはわからなかった。