邂逅



小さな少年がひざを抱えて座っている。
あれは夏目だ。
自分はどうすることもできずに少し離れたところからじっと夏目を見つめている。
夏目の目には涙は浮かんでいないが、口元は今にも泣き出しそうに強く引き結ばれている――。



玄関の開く音がして、) は自分の思考から現実に立ち返った。
階下から聞こえてくる藤原夫妻の声を聞きながら、無意識に数年前のことに思いをはせていた自分に苦笑した。

できるだけ明るい表情を取り繕って一階へ降りると、夫妻は今朝から変わらず楽しそうな顔でニコニコしていた。
その二人に挟まれて、やせた少年が立っていた。
記憶にある小さな少年の面影を残した、けれど随分成長した夏目がそこにいた。
成長するのも当然だ。あれから8年も経っている。

くん!夏目貴志くんよ、懐かしいでしょう!」
塔子さんが上機嫌で話しかけてくる。

夏目はきょとんとした顔での方を見ていた。
塔子さんの口ぶりから初対面でないことを察してはいても、目の前の青年――つまりが誰かがわからないのだろう。

無理もない。夏目がと過ごしたのはほんの3ヶ月ほど。
にとって夏目はいきなり増えた家族だったけれど、夏目にとっての家族は、たらい回しにされた遠縁の一つに過ぎない。
まさか、3ヶ月だけ同じ屋根のしたで過ごした者と、再び一緒に暮らすようになるとは、夏目は思ってもいないだろう。
自身がこの偶然の再会にいまだ戸惑っているのだから。

少し苦い思いをかみ締めながら、はそれでも愛想よく夏目に笑いかけた。
「藤原です。覚えてないよな、8年ぶりだし仕方ないけど」
「夏目貴志です。すみません、覚えてなくて・・・」
夏目はやはりのことを覚えてはいなかった。
線の細い夏目の顔が申し訳なさそうにしている。
忘れられていたのは少し気に入らないが、無理もない。
当時自身は10歳。夏目はさらに小さかったのだから。

くんも今、この家に住んでるのよ。私の甥なの。大学に通うのに実家よりこっちの方が都合がいいのよ。仲良くしてね、貴志くん」
微妙な雰囲気を物ともしない塔子さんの説明に夏目が軽く目を見開く。
藤原夫妻以外の同居人がいるとは思ってもみなかったのだろう。

「部屋が隣同士なんだ。よろしくな?」
多分、いやきっと、今までに引き取られてきた家にいい思い出がないに違いない。
夏目は複雑そうに顔をゆがめて、けれどすぐに微笑みで感情を押し隠して口を開いた。
「こちらこそよろしくお願いします、さん」